9章には、人の世界におこるさばきが記されています。ヨハネの黙示録 9:13-21 8-9 章には、7つのラッパによるさばきが記されています。ヨハネはパト モス等に島流しになっていました。そこで、主イエスの黙示を示され、黙示録を記しました。彼は幻の中で見たことを書いています。
ヨハネが見た幻は 2000 年後か、もっと後に起こる終末の出来事です。幻で見た光景は彼が今まで見たことがない災害や兵器です。彼は、これは何だ ろうと思いながら、自分が持っている知識を用いて黙示録を書いています。
I 7 つのラッパ、宇宙的自然界における
8章には第 1~第 4 のさばきが記されています。ここに記されているさば きは、宇宙的な広さで自然界に現れているさばきです。
第一(8:7)。血の混じった雹と火が現れて、地に投げ込まれました。
そのために地の三分の一、木々の三分の一が焼かれ、青草も焼かれました。 第二(8:8)は海で起きるさばきです。火の燃えている大きな山のようなのが、海に投げ込まれました。巨大な隕石が海中に落ちたように見えます。 このために、海の中にいる生き物の三分の一が死に、船の三分の一が壊され、 生き物と船舶に大きな被害が出ました。
第三(8:10)は、天から、たいまつのように燃えている大きな星が落ちて 来ました。彗星に形が似ています。この星には有害な成分が含まれていて、 川の三分の一とその水源の上に落ちました。そのために、水が苦くなり、そ の水のために多くの人が死にました。
第四(8:12)。太陽と、月、また星の三分の一が打たれました。太陽は、地 球に光と熱を伝え、昼は明るく、また人が住みやすい温度を提供しています。 太陽、月、星が打たれ、三分の一は暗くなるなら、どのようなことが地球で はおこるのでしょう。
地、海、水源、天体に神のさばきが現れました。
II 7 つのラッパ、人の世界のおけるさばき
第五(9:1)、ヨハネは一つの星が天から地に落ちるのを見ました。その星 に、底知れぬ所に通じる穴の鍵が与えられた。穴から多量のイナゴが出てき ました。11 節、イナゴ達は、底知れぬ所の使いを王としています。王の名は ヘブル語でアバドン、ギリシァ語でアポリュオンで、これは破壊を意味する 言葉です。
一つの星は、サタンと思われます。イナゴは国々が保有している兵器と思 われます。イナゴは、サソリのような力を持っていて、人々を苦しめました。
額に神の印を押されている人は、その苦しみに会う事がありません。この 人達は、患難時代にイスラエルにリバイバルが起きて、彼らは神に帰ります。 その中から、144,000 人が主の証人(7:4)として、世界に福音を証しして巡 ります。この人たちと思われます。キリストを信じる人々は主の空中再臨の 時に、携挙されていますので、患難時代の苦しみに会う事がありません。
イナゴによるさばきは第一の禍です。続いて、第 6 のラッパが吹かれます。 人の世界の起こる第二の禍です。これは今まで経験しなかったような世界大 戦が起こる事を指していると思われます。
その声は、ラッパを持っている第六の御使いに言った。「大河ユーフラテス のほとりにつながれている、四人の御使いを解き放て」(14)。これは世界大 戦の開戦を告げる言葉のように見えます。ユーフラテス川はイラクにありま す。その東にはイラン、北には、クルド人、さらにはシリア、西にはイスラ エル、南にエジプトがあります。この地域には紛争の火種がありますが、4 人のみ使いは、4隅に立って紛争を抑えていました。けれども、14 節では、 四人の御使いを解き放てと命令されています。紛争を抑える力がなくなりま した。世界を巻き込む戦争に広がり、騎兵の数は二億と記されています。こ の戦いで、人類の3分の一が命を落としました。
III 災害によって殺されなかった人々
災害によって殺されなかった人々は、悪霊どもや、金、銀、銅、石、木で 造られた偶像を拝み続け(9:20)、彼らが行っている殺人、魔術、淫らな行い や盗みを悔い改めませんでした(9:21)。これは悲しいことです。自然界に、 そして人の社会に恐ろしい災いが起こりました。それは天地万物の創造者で ある神に背いて、人類が罪を犯したからです。人々は、今起こっている災い は自分達が神に背いて、この結果を招いている事を知っていました。人々は 洞穴と山の岩間に身を隠しました。そして、「子羊(主イエス)の御怒りから 私たちを隠してくれ。」(6:15-17)と言っています。彼等はこの災いが、神に 背き、神の御怒りを受けているからだと知っていました。そうならば、彼ら はその背きの罪を悔い改めて、神に帰るべきです。しかし悪霊や偶像を拝み 続け、殺人、魔術、淫らな行いや盗みを悔い改めませんでした。
彼等は福音を聞き、救われる機会があったはずです。しかし神に背き続け てきました。神は天地の創造者で、愛の神です。人の道は神を信じ、神と共 に生きる道です。しかし人は神の御手を振り切って、自分の欲する道を歩ん できました。その神に背く人を神はなお愛し、罪を赦そうとしています。背 く人を赦すためにキリストが十字架にかかり、命を犠牲にされ、復活しまし た。神はキリストを信じるならば救われると約束をしました。
神は人々にキリストを信じるように呼びかけました。しかし救いを払いの け、不信仰に生き続けました。やがて患難時代になり、神の御怒りを受け、 大きな災いが起こりました。彼等は、それは自分達が神に背いたからだと知 っています。彼等はその苦しみの中で悔い改めて神に帰るべきでした。もし 悔い改めて神に帰るならば神は赦して、愛のふところに迎えて下さるでしょ う。しかし、彼らは悔い改め、神に帰る事をしませんでした。
神は人を赦し、神の子として迎えようとされました。今までの不信仰を悔 い改めて、神に帰るように神は招いています。そして、私達に問いかけてい ます。神に従いますか、それとも自分の意のままに生きる道を進みたいですか。神を信じ、キリストに従う道に幸いがあります。神に従う道を選択し、 キリストを私の救い主と信じて主に従う道を歩んでいきましょう。
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