「祝福された人生への招き」

牧師 新澤昭彦師 

聖書箇所 創世記12:1-9


創世記12:1-9は、アブラハムの召命と言われている個所です。

神がアブラハムを召しなさり、そしてアブラハムは神に従いました。

12章に記されている召命はアブラハムの人生にとって、転機的な出来事でした。

神様はアブラムに「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。」言われました。この御言葉は、二つの要素からなっています。

一つは、出て、別れ、離れと言う言葉からなる離別です。

そしてもう一つは行きなさいと言う信仰による服従です。

 Ⅰ 〔神の召命一 離別〕  

神は、「あなたの土地(国)を出て、」とおっしゃいました。アブラムの住んでいた地は、チグリス、ユーフラテス川下流にありますウルという町でした。そこはメソポタミヤ文明の中心地で、肥沃な地帯で、数学や天文学などが進んでいる豊かな町でした。しかし月の神シンを始め、様々な自然や、あるいは動物を神として祭る偶像礼拝が満ちている町でした。そして道徳約にも荒廃していました。アブラムは天地万物を創造された、唯一の神と信じていました。神がアブハムに土地を出て、と言われたのは、その偶像に満ちている国から出て、唯一の真の神を信じ、神に従うようにとの召命でした。  

日本の古来の宗教は、自然に神が内在するとして、自然を神格化して拝むアニミズム宗教でした。人の力を越えた神秘的な者に触れますとその中に神が内在すると考えて、滝、樹木、山などに祠が置いたり、しめ縄を張り、神格化して拝んでいます。文化や、仕事の中にまで、日本古来の宗教が入ってきています。私達はそういう異教社会の中で生活しています。宗教的には、今の日本は、アブラムの時代と共通するものがあります。  

家の宗教、親戚の宗教が、キリスト教でないケースが日本では多いです。親族が、仏教や、神道の影響を受け、それが家の、また親族のしきたりになっていると言うことは少なくありません。自分だけがクリスチャンという例が多いのです。家族から、親族から、キリスト教信仰をやめるように迫られることがあるかもしれません。神は親族に分かれ、父の家を出て、と言われます。信仰は、家系や親戚によって決まるのではなく、私達自身の問題です。個人の決断です。私の親戚に誰もクリスチャンはいないかもしれない。しかし私は真の神を信じ、神に従う。それが親族を離れと言う意味ではないでしょうか。たとえ家族の反対があったとしても、堅く信仰に立ちましょう。

 Ⅱ 〔神の召命二 信仰〕  

神はアブラムに、私が示す地に行きなさい、と言われました。神が示す地とは、カナンと言われる地で、アブラハムにとっては、未知の世界、未知の地でした。ヘブル11:8に、「信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。」と記されています。アブラムはこの時、75歳でした。妻、と甥のロト、そして多数の僕達がいました。彼らも守っていかなければなりません。しかしアブラハムは神の声に従って、どこへ行くかを知らずに出て行きました。どこへ行くかを知らずに出て行く、そのために必要なのは信仰です。神がいます事、神が守って下さると信じ・信頼する信仰です。  

始めて信じる時、どこへ行くかを知らないと心配した経験はないでしょうか。クリスチャンになったら、どうなるのだろうか。神を信じて、神と共に生きると言う道は初めての経験です。初めての地に行く時に、不安や心配があるように、イエス様を信じて、クリスチャンになろうとする時に、不安を感じなかなか決心ができないと言うことがあります。  

信仰は決断です。誰かが変わって信じてくれるのでなく、周りがクリスチャンだから、自然とクリスチャンになるのでなく、神と私の関係です。神があなたの国、親族、家族から離れて、イエス・キリストを信じて、神に従ってきなさいという時、「ハイ、イエス様を信じます」と言うのは、一人一人の決断です。

 Ⅲ 〔祝福の約束〕

 「そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。 わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される」(2-3節)。神を信じ、神に従うならば、「そうすれば」と祝福が約束されています。その約束は3重の祝福です。  

祝福の第一は「あなたを祝福する」という約束です。神は神に従う者を祝福して下さいます。罪の赦し、永遠の命を与えて下さいます。心を新しくし、愛と喜びにあふれる心として下さいます。また経済面、健康面、仕事上の事でも祝福して下さいます人生には試練もあります。しかし神に信頼し、神に従っていく時に、神は試練さえも益に変えて下さいます。  

第二は、神を信じる人を祝福するならば、その人は祝福されます。  

主イエスは「これらの小さいものに、水いっぱいを与えるなら、その報いから洩れることがない」と言いました。  

神に従う人に、親切、助け、愛の行為をするならば、それはキリストにした事と同じです。神はその行為を見て下さり、豊かな祝福を与えて下さいます。  

第三に、「地の全てのやからは、あなたによって祝福される。」と書いてあるように、真実な信仰の歩みにより、祝福は周囲の人々にも及びます。  

アブラムが神に従った時、アブラハムは後の人々から信仰に父と呼ばれました。さらに救い主イエス様はアブラハムの子孫から生まれました。  

水の上に石を投げると波紋が広がっていくように、一人の人が神を信じ、神に従っていく時、周囲に祝福を齎していきます。私達は小さな小石にすぎません。けれども、真実な信仰を持って生きて行くなら、神の祝福が、家族に、社会に、国に広がり、あなたは祝福の基となるでしょう。  

神は、神を信じ、神に従うように、召しの声をかけています。信仰の決断をして、神に従い、私達も神と共に歩ませて頂きましょう。

【公式】西調布キリスト教会

この教会は、メソジスト系の聖書信仰に基づくプロテスタントの教会です。 聖書から、神の愛のメッセージが語られています。 東京都調布市上石原2-26-13( 京王線西調布駅より徒歩3分) ☎042-485-1351

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